筋萎縮の診察ポイントと鑑別診断
筋萎縮の診察ポイントと鑑別診断まとめ
・ヒトの神経系において骨格筋を維持する系は一次運動ニューロン(上位運動ニューロ)、二次運動ニューロン(下位運動ニューロン)、神経筋接合部、骨格筋でありこのいずれが障害されても筋力低下をきたす。
・筋萎縮とは発達した筋肉の容量が減少することを言い、病的なものとしては下位運動ニューロン障害(神経原性筋萎縮)と筋肉そのものの障害(ミオパチー、筋原性筋萎縮)とがある。
筋力低下(運動麻痺)を起こす原因は大きく分けて大脳病変、脳幹病変、脊髄病変、神経叢病変、末梢神経障害、神経筋接合部障害、筋病変である。それぞれの鑑別について簡単に列挙
■大脳及び脳幹障害
・脳血管障害(出血、梗塞、TIA、wills動脈輪閉塞症、血管炎(膠原病、側頭動脈炎)等
・腫瘍性病変
・外傷性病変(クモ膜下出血、硬膜下血腫、硬膜外血腫、脳出血など)
・先天性疾患(先天奇形、各種染色体異常)
・炎症性疾患(ウィルス性脳炎、細菌性髄膜炎、真菌性髄膜炎、寄生虫疾患、クロイツフェルト・ヤコブ病、サルコイドーシス、ベーチェット病、Vogt-小柳-原田病、膠原病、脳膿瘍など)
・脱髄疾患(多発性硬化症)
・代謝性疾患(先天性代謝異常:アミノ酸・脂質・ムコ多糖代謝異常
・変性疾患(ALS、進行性皮質下神経膠症、家族性痙性対麻痺)
・その他(正常圧水頭症、片麻痺性偏頭痛、Todd麻痺)
■脊髄障害
・血管障害(脊髄梗塞・出血、前脊髄動脈症候群、血管奇形)
・腫瘍(神経鞘腫、髄膜腫、神経膠腫、血管芽腫、脂肪腫、肉腫、悪性リンパ腫、転移性腫瘍など)、硬膜外膿瘍
・整形疾患(椎間板ヘルニア、変形性頚椎症、後縦靭帯骨化症)
・先天性疾患(二部脊椎、脊髄髄膜症、キアリ奇形など)
・炎症性疾患(梅毒、結核性肉芽腫、硬膜外膿瘍、ウィルス性脊髄炎(脊髄灰白質炎、エコーウィルス、帯状疱疹、EBV、HAM等)
・脱髄疾患(多発性硬化症)
・代謝性疾患(アルコール性ミエロパチー、肝障害性ミエロパチー、亜急性連合性脊髄変性症)
・変形性疾患(脊髄小脳変性症、運動ニューロン疾患(ALS、kugelberg-welander病、Werding-Hoffmann病)
■神経叢障害
・腫瘍性疾患:肺腫瘍、縦隔腫瘍、後腹膜腫瘍、von Recklinghausen病
・血管障害:糖尿病、膠原病
・外傷、整形疾患:胸郭出口症候群
・炎症性疾患:Parsonage-Turner症候群
■神経根障害
・腫瘍性疾患(脊髄腫瘍、悪性リンパ腫、転移性骨腫瘍)
・炎症性疾患(ギラン・バレー症候群等)
・脊椎疾患(椎間板ヘルニア、変形性頚椎症、後縦靭帯骨化症)
・脱髄性疾患(多発性硬化症、びまん性脳脊髄炎)
■末梢神経障害
↓記事参照
ポリニューロパチーの鑑別メモ - とある内科レジデントの雑記帳
■神経筋接合部障害
・重症筋無力症
・Lambert-Eaton症候群
・先天性筋無力症
・中毒(有機リン中毒、ボツリヌス菌、フグ毒、薬剤性(クラーレ、サクシニルコリン、ネオマイシン、カナマイシン)
■筋病変
・内科疾患に伴うミオパチー(甲状腺機能亢進、副甲状腺機能亢進、クッシング症候群、ステロイド性ミオパチー、悪性腫瘍性ミオパチー、低カリウム)
・筋炎(皮膚筋炎、多発筋炎(膠原病合併、悪性腫瘍合併)、ウィルス性筋炎、封入体筋炎、サルコイドーシス等
・筋ジストロフィー(デュシャンヌ型、ベーカー型、肢帯型、顔面肩甲上腕型、緊張性眼筋型、遠位型、大腿四頭筋型等)
・糖原病
・先天性ミオパチー
・横紋筋融解症
◯時間経過による筋萎縮の鑑別
・突発発症:外傷、変形性脊椎症
・急性〜亜急性:炎症性疾患
・慢性の経過:変性疾患
◯筋萎縮の分布による鑑別
まずは全身性か局所に限局しているのか。全身性なら顔面、頭頸部、体幹、四肢帯、四肢近位部、四肢遠位部と全体的に左右対称性かどうか見ていく。
◯付随する徴候でより鑑別が可能に
ミオパチーや下位運動ニューロン障害では筋萎縮、筋力低下の他に腱反射の低下〜消失、筋トーヌスの低下が見られる。
ALSなど運動ニューロン病では上位運動ニューロン障害も起こるため、腱反射亢進や病的反射も診られることがある。
筋疾患では感覚障害は全くないが、末梢神経障害では筋萎縮と同じ支配領域に感覚障害や自律神経障害を伴うことが多い。
脊椎症など脊髄や脊髄神経根の局所病変ではその部位に対応する髄節徴候やその部位以下の錐体路徴候や感覚障害などを呈する。
◯筋萎縮の身体診察
まず第一に視診で筋肉の膨らみが減少していることを確認する。そして触診で実際に小さく、柔らかくなっているのをみる。骨格筋は正常なら紡錘形である事が多く、凸の輪郭を持つはずのものがくぼんでいたり平坦化していた場合は病的な筋萎縮と考えて良い(わかりやすいのは前脛骨筋、手掌の母指球筋、小指球、背側第一骨間筋)。
筋萎縮は初期には柔らかく筋トーヌスが低下しているが、筋肉が完全になくなり結合組織に置き換わってしまうと逆に硬くなる。また、筋肉量には個人差が多いので、左右差を見たり、過去と比較してどうだったか患者に問診することも重要である。
◯代償的な筋肥大にも注目
全身性の筋萎縮性疾患では、筋萎縮の進行にムラがあるため、痩せてる筋肉が有る一方、代償的に肥大する筋肉が存在することが有る。また、デュシェンヌ型筋ジストロフィーやベーカー型筋ジストロフィーでは筋肉ではなく、脂肪組織などによる容積増大が起こる(偽性肥大)。
◯神経原性筋萎縮
脳幹の運動神経核や脊髄前角にあって筋を直接支配している下位運動ニューロンの障害で生じて筋力低下、筋萎縮をきたす。下位運動ニューロンの細胞体の障害は運動ニューロン疾患やポリオウィルスによる急性脊髄前角炎などでみられる。
神経原性筋萎縮の他のポイントとして:筋トーヌスの低下(筋弛緩)、腱反射の低下、筋線維束性攣縮、神経原性筋電図所見、神経原性筋生検所見、CK軽度上昇など
(筋組織の一部がピクピクと動く筋繊維束収縮は診察時明らかでなくても、患者が自覚していることがあるので必ずその有無や場所を問診する。筋腹を手指で軽く叩いて刺激を与えると出現しやすい。)
・上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの障害の場合
ALSは上位も下位も療法障害される。それぞれの程度に応じて症候も両者の組み合わせとなる。例えば上位運動ニューロンのみが障害されている時は腱反射は亢進していても、下位運動ニューロンの障害の進行に従って次第に減弱する。
外傷、変形性脊椎症・空洞症、脊髄腫瘍、脊髄血管障害などの脊椎疾患では病変レベルの前角や前根の障害、そしてその髄節の下位運動ニューロンの障害と感覚神経の障害が起こるのに加えて、側索や後索の障害により脊髄のそのレベル以下の錐体路徴候や感覚障害が出現しうる。
・下位運動ニューロン障害の場合
上位運動ニューロン障害がなく、下位運動ニューロン障害のみが進行する変性疾患として脊髄性進行性筋萎縮症(SPMA)や脊髄性筋萎縮症(SMA)などと呼ばれる。
固有の病名としては
・Kugellberg-Welander病(常染色体劣性遺伝性でSMA遺伝子の欠失などの変異で若年性に四肢近位筋の障害をきたす)
・球脊髄性筋萎縮症あるいはKennedy-Alter-Sung病(舌筋などの球筋や四肢近位筋が障害され、口周囲や手指などの細かい振戦や女性化乳房などが特徴)
・小児麻痺(急性脊髄前角炎):ポリオ感染。急性に発症する左右差の著しい分節性脊髄前角炎を所持、運動麻痺+筋萎縮をきたす。
・末梢神経障害の場合
末梢神経障害のパターンは3つ。1,単神経障害、2:多発単神経障害、3:多発神経障害。
・ギラン・バレー症候群やCIDPでは血漿交換療法が普及しており筋萎縮まで生じることは稀。が、軸索障害タイプでは筋委縮が著明になることも。
・多巣性運動ニューロパチー(MMN)では感覚障害を伴わず主に一側上肢に筋萎縮・筋力低下を生じるが、場合によってはより広範な筋萎縮を呈する。血清中にGM1などの自己抗体が検出されるために自己免疫機序による脱髄が機序と考えられている。
◯筋原性筋萎縮(ミオパチー性筋萎縮)
ミオパチーによる筋萎縮による特徴は筋力低下に加えて、筋トーヌス低下、腱反射低下〜消失、感覚障害なし、CK上昇、筋原性筋電図所見、筋原性筋生検である。
原因として筋ジストロフィー、炎症・免疫疾患としての多発筋炎/皮膚筋炎、代謝性疾患によるミオパチー、ミトコンドリア病、周期性四肢麻痺など様々なものがある。
・筋ジストロフィーの場合
デュシェンヌ型:dsystrophin遺伝子の欠失、4−5歳で発症して20台前後で死亡する。
ベーカー型:異常dsytrophingタンパクが部分的に発現。若年〜若年成人で発症して肢帯から四肢近位部の筋障害をきたすが予後良好。大腿四頭筋に限局する障害や心筋障害が顕著であったり、高CK血症のみであったりと様々な表現型。
肢帯型筋ジストロフィー:四肢帯から四肢近位部に強い筋萎縮・筋力低下を呈する。
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー:肩甲帯の筋力低下・筋萎縮のために肩甲骨が翼のように浮き上がって見えるタイプ。
遠位型ミオパチー
ミオパチーは通常近位筋優位に萎縮、筋力低下が起こることが有るが、筋萎縮や筋力低下が四肢遠位部に始まり、より高度であるミオパチーの総称。「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー」(常染色体劣性)、「三好型ミオパチー」(常染色体劣性)、「眼咽頭遠位型ミオパチー」(遺伝形式不明)の3タイプが日本では報告されている。
眼咽頭型筋ジストロフィー:常染色体優性遺伝性でPABP2遺伝子の変異。成人発症、眼瞼下垂、外眼筋麻痺、構音障害、嚥下障害、四肢筋の軽度の障害
三好型筋ジストロフィー:若年成人で発症。下腿後面の屈筋群の障害に始まり、CK上昇、筋繊維のジストロフィー様変化をきたす。
縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(Rimmed Vacuole型):若年成人発症。下腿前面の伸筋群の障害で始まり、CKは正常〜軽度増加、筋繊維のrimmed vacuole形成が特徴。
筋強直性ジストロフィー:成人で最も高頻度にみられる筋ジストロフィーであり、眼瞼下垂、顔面筋障害によるミオパチー様顔貌、斧様顔貌、胸鎖乳突筋・四肢遠位筋などの筋萎縮や筋力低下を呈する。その他の合併症として白内障、糖尿病、知能低下、新電動障害、呼吸障害、免疫グロブリン異常など
・筋炎の場合
・多発筋炎、皮膚筋炎:急性〜亜急性に進行。筋痛や筋腫脹などを呈し、進行すると筋萎縮に至ることも。採血でCK上昇認める。部位としては嚥下筋、頸部、四肢近位部が障害されやすい。MRIで炎症部位がT2高信号域として描出できることが有り、生検部位の選定にも有用。皮膚筋炎ではヘリオトロープ疹、ゴットロン徴候、そして間質性肺炎の合併が鑑別の上で重要。
・封入体筋炎:亜急性〜慢性の経過。大腿四頭筋が障害されやすい。筋病理でrimmed vacuoleを特徴とする。
・ミトコンドリア脳筋症の場合
慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO):緩徐進行性の眼瞼下垂、外眼筋麻痺
(CPEOに新電動障害、網膜色素変性症、髄液タンパク高値など伴えば、Kearns-Sayre症候群)
MELAS:脳卒中様の発作
MERRF:ミオクローヌスてんかんなど
血清や髄液の乳酸とピルビン酸の増加が診断に重要
・神経筋接合部の障害による筋委縮
重症筋無力症では易疲労性、日内変動が特徴。
眼瞼下垂、複視、鼻声、嚥下障害、頸部・四肢近位筋力低下、呼吸筋力低下による呼吸困難等が生じやすい。通常、腱反射は正常〜軽度亢進で筋萎縮はないが筋力低下が長期間持続すると筋萎縮を呈することも有る。
また追記します。
(参考文献)
ベッドサイドの神経のみかた
神経診察:実際とその意義